人間、思ったことが実現しているのです
と言ったら、どうお感じになるでしょうか。成功法則本や自己啓発本に繰り返し書かれてきた事なので、いささか使いまわされた、古めかしい言葉に聞こえるかもしれません。
しかし、これほど私を捉えて嬉しく思わせる言葉はありません。
人は本で読んだ通りに、強く心に思うことを試してはみたけれど、目の前の出来事が想いどおりにならないという経験を数多く体験していきます。そしてついに、人間の共通意識に「思っただけでは駄目なんだ」やはりなにか他の要素、努力とか行動とかが必要で純粋な思いの力を信じなくなっていきます。
本当に思っただけでは実現しないのでしょうか?
目の前の現実が、自分の想い通りでないのならば、それは自分がそう思ったからである。
私達が生きているこの世は、2極の構成なので1つの原因を思えば、必ずもう1つの結果を生み出します。因果の法則が働くのがこの世界です。
例えば、電池や磁石は必ずプラスとマイナスがあり、中間、中極は存在しません。
棒磁石の真ん中辺りを切っても、やはりプラスとマイナスに分かれてしまいます。切っても切ってもプラスとマイナスを切り離すことは出来ません。2極で1対の世界です。
つまり、プラスを思えば、必ずマイナスも付いてきてしまう世界なのです。プラス思考だけで存在することは出来ません。プラスを思えば必ずマイナスを見ることとなり、矛盾を見つけて葛藤してしまうのです。
プラス思考がいけないと言っているのではありません。
プラス思考が良いんだと心に決めた人は、その決めた価値観に沿ってよい体験と悪い体験をしだします。ただ経験、体験をしていく事ができるのです。
例えば会社でクレームがあり落ち込んだときには、「失敗は成功の基になるのだから」とか「クレームがあがるから自分の駄目なところを指摘してもらえたんだ」とか「有頂天にならないからクレームはありがたいんだ」とかプラスに思おうとします。
実際に納得できますし、プラス思考で助けられ乗り切ったという経験をします。
しかし、これはプラス思考という名の我慢なのです。マイナスのエネルギーを無理やりプラス思考で押さえつけて黙らせている状態ですから、そのマイナスエネルギーが実は残ったままなのです。
プラス思考でよい体験をした後は、人は必ず悪い体験をし始めます。
それは、マイナス思考の人間を許せなくなるという経験です。また自分がマイナスに陥ってしまったときに自分を許せなくなり、自他共に責め出すという経験をすることになり、葛藤を抱えます。
プラス思考が良いという価値観を持つと、プラス思考ができて良かったなと思える体験と、マイナス思考が許せないという悪い体験の二つができるのです。この二つの経験に良いとか悪いがあるでしょうか?
塞翁が馬
中国の逸話に塞翁が馬というお話があります。
この逸話の様に、良いと思える体験が実は悪いかもしれないのです。悪いと思える体験が、実は良いことかもしれないのです。本当に良いか悪いかは自我には判断できません。自我は物事を近視眼的にしか観れませんので、大局観という視点に立てません。
プラス思考を持てば、プラスで無い事が許せなくなります。物事を自分の都合の良いようにかこつけて、反対側のネガティブな事や人を常に許せない状態を呼び込みます。
つまり、ネガティブはいけないという思い込みが発生してしまいます。これにより、ネガティブを忌み嫌うのですが、ネガティブは本当に悪でしょうか?
例えば、車が影から飛び出してくるのではないか?とかインフルエンザを人にうつしてしまうのではないか?とかネガティブ思考はいけないことでしょうか?
また無理やりにこじつけて、問題を覆い隠していくプラス思考は本当に良いことでしょうか?
本当はプラスが良くてマイナスがいけないということは無いのです。プラス極がよくてマイナス極が悪い電池が無いように、悪い体験経験することは悪いことではありません。そこに立つことによって初めて見える体験をしているのです。貴重な体験経験をしているだけなのです。
プラス思考が良いと思っている人は、マイナスがいけないとマイナスを咎めてしまっているのです。本当は咎めることでは無いのに、自分の価値観を入れてそのメガネにより勝手に否定します。この否定の想いが実現を妨げているのです。
人は、このように表面意識でプラスが良いと思い、同時に深層意識でマイナスはいけないと思ってしまっているので、未来にマイナスがいけないと思うような出来事、つまりうまくいかない状態もやってくるのです。
意識していないところで、実はちゃんと思っている。マイナスはいけないと思っているから、未来にまたマイナスはいけないと思うような出来事、つまり問題が発生してしまうのです。実は思ったとおりになっているのです。その方が出した意識していない想念の通りになっています。
人を批判したいとき、その人と同じ性質が自分の中にもあることを認める
人から咎められる人は、批判や否定はいけないという価値観を持っています。
つまり、咎めるのは悪であると思っているので、人から咎められてへこむという未来を迎えます。本当は自分自身が人を批判する気質を持っているので、それを人に投影して、いけないことだからと他人を批判します。本当の原因はそういう自分の気質が許せないのです。
自分を咎めているから、人から咎められてへこむ体験をするのです。
自分を咎めるのをやめた瞬間に人からも咎められなくなり、咎められたと判断もできなくなります。自分を責めるのをやめること。自分はこのままで良いのだと思えること。
そうなることが、人も自分も救います。要は自分の内側の問題で、外側の問題ではないのだと気がつくことです。